卒 業 式 式 辞
2012年3月1日 校長 新井 秀
本日は伊達市長、仁志田昇司様を初め、生徒たちを送り出して下さった近隣の中学校の校長先生方など、数多くの来賓の皆様のご臨席のもと、第48回卒業式が行えますことを心から感謝致します。
卒業生諸君・保護者の皆様、卒業まことにおめでとうございます!心からお慶び申し上げます。卒業生諸君は今、過ぎ去った3年間の様々な思い出に浸ったり、これから始まる新しい人生に夢を描いていることでしょう。皆さんの聖光学院での3年間は実に目覚しい活躍でした。野球は甲子園で躍動し、清々しく礼儀正しいプレーは全国からお褒めの言葉をいただきました。被災で苦しむ福島県の皆様に大きな希望を与えてくれた、との言葉も数多く頂きました。強化指定部のサッカー・女子バレー・剣道も素晴らしい成果を残しましたし、他の部活も立派な成績を残しました。マイスターの資格取得でも目覚しい活躍が見られました。本当に素晴らしい活躍の3年間でした。
ところで、卒業式は新しい人生の〈始まり〉でもあります。今日から皆さんは自分で選んだ新しい人生を始めるのであります。進学する人もいれば、就職する人もいます。歳内君のようにプロ野球で頑張る生徒もいます。大学で野球やサッカーを続け、将来はプロを目指す生徒諸君もいます。でも進学した人も数年後には就職し、自立の生活を始めます。そのような皆さんに、どうしたら充実した幸せな人生を送れるのか、私の考え・信じていることを述べ、校長式辞としたいと思います。
私の結論は簡単です。先程読んでいただいた聖書の言葉「何事も愛をもって行いなさい」、これが決め手だと思います。本校が建学以来最も大切にしてきた精神は〈愛〉であります。校門に日本語で愛、ギリシャ語でアガペーと刻まれています。「何事も愛をもって行いなさい」。これはキリスト教を信じる、信じないにかかわらず、人間全てに有益な真理だと思います。京セラやKDDIを一代で作り上げ、3年間無給でJAL(日本航空)の建て直しに当たり、見事V字回復を達成した稲盛和夫さんは、ご自身は得度した禅宗のお坊さんでもありますが、いつも自らをチェックする言葉は「今自分がやっていることは本当に人のため、社会のためになっているのか?」だそうです。稲盛さんは、『生き方』あるいは『考え方』などの本の中で、人生・仕事の結果=能力×熱意×考え方、であり、この中で最も重要なのは考え方だと言っています。いくら能力に優れ、人一倍の熱意を持っていても、向かう方向が間違っていたら、その人の人生は不幸で悲惨なものになると言うのです。去る2月11日に私たちは創立50周年記念式典を行い、ダイユーエイトの社長であり、同窓会会長でもある浅倉俊一先生からご講演を頂きました。私は本校第4回卒である浅倉先生が、どういうお話をして下さるか、非常に楽しみにしていました。どうして1代で東証1部に上場できるような大きな会社を創ることができたのか?と真剣に話に耳を傾けました。そして分かったことは、先の稲盛さんの考えとぴったり同じであるということでした。これからは郊外に広い駐車場をもつアメリカ型の店舗が必要だと見抜いた能力、遠慮気味に「少なくとも人の3倍は働きました」という努力、そして「お客様のために何ができるか、これが永遠の課題です」という愛に根ざした考え方の持主であることを知りました。「もし、人一倍金持ちになりたい、人一倍有名になりたい、という私利私欲で商売をしていたら今日のダイユーエイトはありません」とも言われました。本校の愛の精神が浅倉先生の中に脈々と生きていることを知り、感動を禁じ得ませんでした。
卒業する皆さん、「何事も愛をもって行いなさい」、どうかこの言葉を胸に、これからの一日一日を元気一杯、誠実に、生きていって下さい。必ず充実した幸せな人生が待っています。
最後に、インドのカルカッタで愛の実践をし続け、ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサの詩を紹介します。
「あなたが善を行うと、目立ちたいからそれをしたと言われるでしょう。気にすることなく、善を行いなさい。
良い行いをしても、おそらく次の日には忘れられでしょう。気にすることなく、し続けなさい。
あなたの正直と誠実さが、かえってあなたを傷つけることもあるでしょう。気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい。
助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。気にすることなく、助け続けなさい。
あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。蹴り返されるかもしれません。でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい」。
素晴らしい詩ですね。皆さんの人生に幸多きことを祈念しつつ校長式辞と致します。
2012年3月1日 聖光学院校長 新井 秀