学研・進学情報2月号「視点」で、東京大学名誉教授・金子元久先生へのインタビューの中で、私は「高校教育の原点」を思い起こすことができました。2月の私のブログで紹介した内容の続編です。
高校や大学で学ぶ学生が、今のビジネス社会に適応できなくなっているという指摘もありますが、いかが思われますか?
金子:社会に適応することがそれほど重要だとは、私は思いません。むしろ、今の若い人は、企業が求める人材像に適応することばかり考えてしまって、つまずいているようにも見えます。産業構造が大きく変わってきて、仕事の仕方や職業のあり方もどんどん変わっています。変化が激しいときは、過度な適応が逆に危険になります。適応するほど、変化に対応できなくなる。大卒就職者が3年以内に4割も辞めるのは、無理に適応しようとした結果のように思えます。
産業構造が大きく変化し、従来型の雇用がこれ以上増えそうもないならば、新しい産業構造に合わせた新しい教育を、大学がすればいいのではないでしょうか?
金子:それは、とても難しいところです。なぜなら、この社会がどう変化するのか、きちんと示せる人はいないからです。誰かが将来の社会や産業のイメージをはっきり示してくれれば、「だったら教育をこうしよう」と対応できるが、ビジネスの最前線にいる人たちですら社会変化や職業構造の行く末を見通せないのです。ただ、ひとつだけ言えることは、学校が無理をして今の社会に適応しようとしても、うまくいかないということです。それは、適応できた途端に社会が変わってしまうからです。むしろ、学校は基本に立ち返って、生徒や学生に体験やきっかけを与えて、生徒が自ら学ぶように持っていくことのほうが重要だと思います。勉強というのは、実は学校で一番多くできる体験なのです。特に高校はそうだと思います。受験があるから勉強させるのではなく、一つの体験として勉強ができるような工夫がもっとあっても良いのではないでしょうか。生徒が社会につながる勉強を体験して、その経験を広げていきながら、自分は何をしたいかを考えるようになれば、自分なりに考えて新しいことを学び、行動する態度が身に着くように思います。そのような態度こそが、この変化が激しい時代にとっては一番役に立つと思います。
進路がなかなか決まらない生徒に大学進学を勧める指導は、間違っていると思われますか?
金子:高卒の就職先が激減しています。かつての高卒者の活躍の場だった製造業の現場は、今どんどん海外に移っています。以前は高卒者が熟練の技を積み上げて優秀な職工になるというキャリアの築き方がありました。でも、今はそんな働き方がなくなっています。きちんとキャリアを築ける高卒の職が激減している中、高校生が他に進路を求めるのは、当然といえば当然です。専門学校に進学して手に職をつければ就職できると指摘する方も多いのですが、専門学校卒者の受け皿も頭打ちなのです。その雇用市場は、この20年ぐらいあまり変わっていません。専門学校は時代の変化に合わせて、積極的に養成する職業人を変えていますが就職できる学生の総量は増えていません。また、単に高卒の就職が難しいという理由で進学して就職すると、現場に入ってからミスマッチを起こすような気がします。専門学校に行くなら、その職業が本当に好きであることが、とても重要だと思います。
短大という進路もありますが、数が減っているし、就職率も低いとなると、多くの高校生に残された現実的な選択肢は、大学進学になります。
ただ、従来型の就職は限界に来ていますが?
金子:従来型の就職に結び付けるようなキャリア教育ではなく、新しい職業構造の中でも仕事を見つけて働けるような態度を学生に身につけさせる教育が必要です。大学新卒の就職難が言われていますが、企業の就職意欲は決して低くありません。09年に私たちが行った8000社に対する調査を見ると、採用を減らしたいという企業は5パーセント程度しかなく、増やしたいという企業は十数パーセントあります。ただ、採用を増やしたい企業は、今まであまり大卒を採っていないような企業で、100人以下の地方の企業が比較的多い。学生からすれば、「せっかく大学に入ったのに」という思いを持つかもしれませんが、そういう新しいところに大卒者が入ることで、日本の社会も良い方向に変わるチャンスが出てくるだろうと思います。
この時代、高校から大学に進学する意味というのは、何なのでしょうか?
金子:今回の調査では、大学を卒業した会社員にもアンケートを取っています。そのアンケートの中で、大学で学んだことで役立っている事は何かと尋ねたところ、一番多いのは、1つの分野をしっかり勉強して理解したということでした。専門知識が卒業後に役立ったというのではなく、自分が専門とした分野の知識を体得していったプロセスを通して身につけた、考え方や自分なりの思考法が役立っていると思っている人が多いのです。大学に行っても、すべての授業がおもしろいということはないと思いますが、1通り出席すれば1つや2つは知的な引っかかりを感じる授業があると思います。そんな授業をきっかけにして、いろいろと積極的に学んでみる。すると自分なりの思考の仕方ができて、社会に出たときに役立つと思うのです。大学に行くなら明確な目標を持ったほうが良いという考え方もありますが、私は必ずしもそうではなくてもいいと思います。大学に入ってとりあえず勉強して、自分の方向性を定めていく。今の時代、そういう大学進学があっても良いと思います。学生が意欲的に大学が提供していることに関われば、自分の将来につながるものは何か見つかるチャンスは出てくると思います。結局、学生にとって1番大事なことは、積極的に新しいことに関わろうとすることなのだと思います。新しい経験をして、自分が変わり、また新しい経験を求める。先ほども言いましたが、勉強は学校でもっとも多くのものを与えてくれる経験なのです。それができる人が、これからの社会では強さを発揮するし、企業も評価するのだと思います。そんな積極性を持つチャンスがいろいろとあるのが大学であり、高校の勉強で手ごたえを感じた人はスムーズにそのチャンスをつかんでいけるのです。高校も大学も、生徒や学生にきちんと勉強させること。その基本に立ち返ることが、もっとも効果的な高大連携なのかもしれません。 By MTYK