今はもう使われなくなってしまい、ねっとりと汚水が淀んだ掘り割り(人工の水路)の中で何かが動いている。コンクリートの古い橋の上の人々はそれを見て見ぬ振り。動いていたのは腐りかけた仔象だった。その存在を無視して自分たちの日常を守ろうとする人々の悪意を全く感じずに無邪気に土手へと上がり始める仔象。仔象を待っていたものは…。
これは、現代文の授業で読んでいる安部公房の『公然の秘密』という小説のストーリーです。もちろんどぶの中に象が住んでいるなんてあり得ない話です。でも…、自分たちの日常を脅かすかもしれない存在について私たちは出来れば見て見ぬ振りをしたい、なかったことにしたい。この小説はそういった人間の心理の一部分を実によく描いています。
小説は全て「人の生き方」と「人が生きる世界のあり方」がテーマだと思っています。授業ではこの小説を通して「仔象は何を象徴しているのか」を考えてきました。腐りかけた象がどぶから出てくる話は現実にはあり得ない。けれど、想像してみてください、それを自分や自分が生きる社会に当てはめてみることを! 無視したくなること、見て見ぬ振りされている存在…、そして、自分より弱いと思っていたものが本当は自分自身が恐れている存在だった、そんなことはありませんか?
それを考えたり、「言葉」をもとに小説の世界を自分の中で作り上げたりすることが国語のおもしろいところ。みんなの意見を聞きながら作品を読み深め、授業を進めていくことは私にとっても勉強になります。
ところでこの小説の最後に「当然だろう、弱者への愛には、いつだって殺意がこめられている。」という一文があります。みなさんはこの意味どう考えますか?明日の授業は、この一文について一時間かけて読んでいきます。
(chi)