今年の標語は「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」(マタイ福音書七章12節)です。
マザーテレサや教育に関する著書を多数持つ中井俊己氏は、この言葉について次のようなコラムを書いています。
これは、イエスが語られる「隣人愛」を表した言葉です。
儒教の教えにも似たような言葉があり、日本でもよく知られていますね。
「己の欲せざる所、人に施すなかれ」
つまり、「自分がしてほしくないことは、他人にもするな」ということですが、これも隣人愛のひとつです。
日本ではよく、「人に迷惑をかけないように」と言われます。
これはとても大切なことだと思います。
たとえば、バスや電車などの公共の場で自分勝手な行動をしていては当然のことながら、他の人に迷惑をかけます。
これは親も教師も子どもにしっかり教えるべきマナーなので、
「バスや電車で騒がないように、人に迷惑がかかるから」
と、わたしもこれまで繰り返し、学校で子どもたちに言ってきました。
けれども、「~しない」という控えめな態度も大切ですが、それだけはなんとなく物足りないような寂しいような気がします。
もう一歩踏み込んで、「自分がしてほしいことを他人にもしてあげる」という積極的なふれあいにこそ温かな人間らしさを感じます。
たとえば、バスや電車に乗ったときは、
「お年寄りの方がいらっしゃったら、席をゆずってさしあげなさい」
と、子どもに言うだけでなく、自ら進んでそうしてみる。
そういう行いも、この言葉にこめられた隣人愛ではないでしょうか。
いかがでしょうか。この言葉はまさに黄金律。黄金律とは多くの宗教、道徳や哲学で見出される「他人から自分にしてもらいたいと思うような行為を人に対してせよ」という内容の倫理学的言明のこと。
簡単なようで、実は奥深い言葉ですね。なにせ、黄金律。肝に銘じておきたいですね。